話題の青年実業家にクローズアップ

梶原吉広について書き綴っている当サイトだが、たまには他の青年実業家についても触れていこうかと思う。
今回紹介するのは、小出悠人。起業家インタビューで「停止は退歩を意味する」と語る小出は大学生の時に起業を考えていた起業家だ。
大学1年の時、企業を考えるようになり、1年生ながらセミナーに参加したり、様々な会社を見たりしていたそう。ある時、ベンチャー企業の経営者に言われた言葉をきっかけに、サービスを創り出す側に回りたいと思い、企業したとのこと。

海外インターンを運営するNPO法人で専務代理を務めていた時、全国1600人いる中で営業成績トップの成果を上げるなど、めざましい活躍があった。
その後、ITベンチャー企業のインターンを経験し、2012年に株式会社U-NOTEを設立した。

次の紹介するのは、三橋克仁。東京大学の工学部、同大学院工学系研究科修士修了している生粋のインテリ。
スマホ家庭教師のmanaboの代表取締役社長であり、プロトタイプ開発者でもある。
なんでも、個別指導講師とプログラミングの両方の経験を活かしているらしい。IT×教育分野に可能性を感じて、大学院在学中に同事業の構想を開始したそう。若手事業家は総じて行動が早い。

鶴岡裕太は、BASE株式会社を運営している青年実業家だ。1989年12月28日生まれで、学生のうちに起業した。東京工科大学に通っていたが、会社が軌道に乗ったため退学したそう。BASEは、ネットショップを作るためのWEBサービスを展開している。ECサイトを作りたいと思ってから3分後には自分のショップを持つことが可能という感じだ。HTMLやCSSの知識がなくても自由なカスタマイズができる。決済システムも初めから組み込まれているため、簡単にネットショップを開設できそうだ。

岩瀬大輔は、1976年に埼玉で生まれ、幼少期はイギリスで過ごしたという青年事業家。東京大学法学部を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ、RHJインターナショナルを経て、ハーバード大学経済大学院に留学したという秀才だ。同校を日本人で4人目となる上位5%の優秀な成績で修了したそう。2006年に、副社長としてライフネット生命保険を起業。2013年から代表取締役兼COOに就任している。そのほか、株式会社ベネッセホールディングス社外取締役を務めている。
世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズ2010」に選出されたこともある。

上津昇司は、1982年に奈良で生まれた青年実業家。2000年に奈良県立信貴ケ丘高校を卒業したあと、株式会社ネクサス(現:株式会社パイオン)に入社し、営業経験を積む。
2009年に株式会社リベルテを設立し、代表取締役社長に就任する。同社は、家庭用ソーラーシステムの訪問販売から事業を始め、産業用ソーラーシステム分野に進出。急成長を遂げ、業界に旋風を巻き起こしたそう。学生時代から「やりたいことはすべてやる!」という信念で突き進んでいたようだ。

1986年、岡山県に生まれた青年実業家を紹介しよう。小島梨揮は、慶應義塾大学在学中にWeb制作・SEOなどの個人事業をスタートし、株式会社ウィルゲートを立ち上げた。ウィルゲートは、小学校からの幼馴染である吉岡諒と共同で創業したそう。設立してからすぐに個人投資家から1億円の出資と融資を受け、拡大を目指すも2008年に倒産の危機に陥ったそう。その後、個人で1億円の借金を背負うなど厳しい時期もあったが、吉岡と共に会社を再起させ、その後急成長したとのこと。

小林泰士は1981年、埼玉に生まれた青年実業家だ。学生時代に20種類を超えるアルバイトを行い、海外からの商品仕入れ販売、イベント主催などを手掛ける。その経験から会社の起ち上げを志したそう。大学を卒業した後、企業に入社。その後独立し、2006年に株式会社マーケットエンタープライズを設立。創業以来7期連続増収増益の成長ベンチャー業界の草分け的存在として、独自ビジネスを展開している。

埼玉出身の小林祐樹は、大学を中退した後、テレビ局やコールセンターを経て2007年に株式会社カスタマーリレーションテレマーケティング(CRTM)を設立した青年実業家だ。
CRTMは、情報通信・通信販売などを中心とした顧客からコールセンター業務の発注をもらうインバウンド業務、同社からお客さんに電話をするアウトバウンドの運用、企業にコールセンターのスタッフを派遣する事業を行っているそう。起業前のコールセンター勤務の経験から、顧客満足度や従業員満足度の高い会社を作りたいと考え、CRTMを起業したようだ。

木村裕紀は、21歳でITベンチャー企業に入社。新規事業部で仕事をしていた時に、株式会社フリーセル(現・ブランディングテクノロジー)の設立者である武吉氏と出会う。個人事業主を経験した後、2005年にフリーセルへ経営陣として参与。当時3億円の売り上げを、3期で7倍の21億円に成長させる成果を出し、2009年に代表取締役社長に就任した。頭脳明晰で、苦労を苦労と思わないタイプとのこと。

丹羽健二は、2007年に早稲田大学在学中に株式会社アイタンクジャパンを創業した。日本最大クラスの大学生向けインターン求人サイトとなり、2,000社を超える採用をサポートしたそう。2015年に人材大手企業に同社株式を売却し、2016年に代表を退任。翌年アメリカに渡った。2019年からはスタンフォード大学客員研究員となり、アメリカをメインに30社以上にエンジェル投資をしているそう。2020年、UCバークレーMBA在学中に米国でFirstcardを起業している。

椎木里佳は、1997年東京都千代田区で生まれた青年実業家だ。15歳という若さで、起業家の父のアドバイスを受けつつ「かわいいしを社会に発信する」をテーマに、株式会社AMFを設立した。スマホアプリの「JKめざまし」、女子中高生向けサイト「JCJK総研」を制作。女子中高生の流行を調査し、アプリ開発などの事業を展開している。ほかにも、株式会社Alink代表取締役社長、NHK中央放送番組審議会委員などを務めている。

三上洋一郎は、中学生の時に起業した青年実業家。1998年1月2日生まれで、15歳という若さで株式会社GNEXを設立した。クラウドファンディングサービスを手掛けており、設立から5か月後に学生ビジネスコンテストにて審査員賞を受賞している。今は企業を対象としたデジタルマーケティング支援システムの提供をメインに、複数の事業を展開しているという。

村上太一は、25歳という最年少で上場社長となった青年実業家だ。1986年、兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部の1年次に学内のビジネスプランコンテストで優勝。翌年、株式会社リブセンスを設立した。2011年、25歳の時に史上最年少で東証マザーズに上場し、26歳で東証一部に上場。いずれも最年少の上場記録を持っている。アルバイト求人サイトのジョブセンスを運営しているとのこと。

内藤裕紀は、1978年東京出身の青年実業家。京都大学経済学部に進学し、在学中の2000年に学生団体ドリコムを設立、翌年に有限会社ドリコムを設立し、代表取締役に就任した。後に同社を株式会社へと組織変更して代表取締役社長に就任。2006年に東証マザーズへ上場し、同市場において最年少上場経営者として脚光を浴びた。インターネットサービスの提供などの事業を展開しており、就職や起業についての講演も行っているようだ。

山田進太郎は1977年愛知県生まれの青年実業家。早稲田大学を卒業している。大学在学中にインターンで楽天に行き、楽天オークションの立ち上げなどを経験する。23歳(2001年)でウノウ株式会社を設立し、Webサービスなどを手掛けた。そして2013年にフリマアプリを運営する株式会社メルカリを設立。フォーブス誌2022年版の日本長者番付では8位にランクインしているようだ。

梅田優祐は、1981年アメリカで生まれた青年実業家。アメリカと日本を行ったり来たりしていたが、小学校3年生から日本で暮らしている。2008年に株式会社ユーザベースを設立し、ビジネス情報をメインとしたキュレーションサービスなどを提供。翌年、企業産業分析情報サービスの「SPEEDA」の提供をスタート。2013年にはソーシャル経済メディア「NewsPicks」の提供を開始した。2021年には株式会社モノクロームを設立している。