梶原吉広が成功するまでの道のり


梶原吉広は実業家として成功した一人だ。
今ではすっかりお馴染みとなっているソーシャルゲームを開発したgloopsの社長だった。
現在は社長の仕事を離れて元グラビアアイドルの山本梓と一緒にシンガポールへ移住して生活をしている。

山本梓といえば、グラビアアイドルとしても活躍していたタレントだ。トミーズアーティストカンパニーに所属していて、マルチな活躍で話題になっていた。
テレビドラマ「ワタシが彼を好きになった理由」「ボクが彼女を好きになった理由」や、テレビアニメの「名探偵コナン」などに出演している。
コナンではなんと本人役での出演している。ただ、やはり知名度があるのは「フラビージョ」だろう。スーパー戦隊モノの「忍風戦隊ハリケンジャー」のキャラクターで、視聴者の間でも人気だったという。

フラビージョは、視聴者からの強い要望やその人気に押されて、劇場版などでも登場するほどのキャラクターだ。
フラビージョは強いインパクトのある恰好のキャラクターだが、それを可愛く演じ切ったのは山本梓の実力だ、という声も多い。
アバレンジャー、デカレンジャー、ボウケンジャーと言った他作品でも、その存在感は確かなものだったらしい。有名なNHK教育テレビの天才てれびくんなどの出演も、この時の知名度と実力から起用されたのかもしれない。

そんな知名度の高いタレントと梶原吉広は、実は共通点がある。お互いに語学が堪能だったのだ。
そのため、シンガポール暮らしが全く問題なかったのではないかと言う話だ。

また、「とにかく治安が良い国」と梶原吉広はシンガポールの魅力を語っている。実際に日本と比べて犯罪の発生率が低いと言われているシンガポール。世界のなかでも治安の良い国で知られている。その理由として日本ではOKなことがシンガポールでは罰則が存在したりするようだ。

梶原吉広は2018年の気になるニュースとして「グノシースポーツ」がリリースされたことを挙げている。グノシーの知名度を考えるとこのアプリの利用者も増えていくのではないかと予測している。お気に入りのチームを登録できる「マイチーム」機能にも注目しているようだ。

青年実業家にクローズアップ

梶原吉広について書き綴っている当サイトだが、たまには他の青年実業家についても触れていこうかと思う。
今回紹介するのは、小出悠人。起業家インタビューで「停止は退歩を意味する」と語る小出は大学生の時に起業を考えていた起業家だ。
大学1年の時、企業を考えるようになり、1年生ながらセミナーに参加したり、様々な会社を見たりしていたそう。ある時、ベンチャー企業の経営者に言われた言葉をきっかけに、サービスを創り出す側に回りたいと思い、企業したとのこと。

海外インターンを運営するNPO法人で専務代理を務めていた時、全国1600人いる中で営業成績トップの成果を上げるなど、めざましい活躍があった。
その後、ITベンチャー企業のインターンを経験し、2012年に株式会社U-NOTEを設立した。

次の紹介するのは、三橋克仁。東京大学の工学部、同大学院工学系研究科修士修了している生粋のインテリ。
スマホ家庭教師のmanaboの代表取締役社長であり、プロトタイプ開発者でもある。
なんでも、個別指導講師とプログラミングの両方の経験を活かしているらしい。IT×教育分野に可能性を感じて、大学院在学中に同事業の構想を開始したそう。若手事業家は総じて行動が早い。

鶴岡裕太は、BASE株式会社を運営している青年実業家だ。1989年12月28日生まれで、学生のうちに起業した。東京工科大学に通っていたが、会社が軌道に乗ったため退学したそう。BASEは、ネットショップを作るためのWEBサービスを展開している。ECサイトを作りたいと思ってから3分後には自分のショップを持つことが可能という感じだ。HTMLやCSSの知識がなくても自由なカスタマイズができる。決済システムも初めから組み込まれているため、簡単にネットショップを開設できそうだ。

 

管理人の話

たまには映画の話をしようと思う。
友人におすすめされた映画を観ることが多いけれど、今回は自分のおすすめの映画を紹介する。

自分はトム・ハンクスが結構好きなのだが、その出会いの映画はフォレスト・ガンプ。
小さい頃に観たのがきっかけで、ふいに見返したくなる作品である。
主人公のフォレストが幼少期から大人になるまでの話で、まっすぐで美しい心を持ち、周囲の人たちの協力を受けて数々の成功を収めていくヒューマンドラマ。人との出会いと別れ、そしてそこで繰り広げられる忘れられないストーリーと名台詞が心に残る映画だ。

フォレストはもちろん好きだが、自分のイチオシは、フォレストが軍隊に入隊した時に出会ったダン中尉。フォレストのお母さんもとてもいいことを言うので、少し長い映画だが機会があったら見てみてほしい。

トム・ハンクス繋がりで見てほしいのはグリーンマイル。これも古い映画なのだが、死刑囚が収容されている刑務所が舞台の映画で、原作はスティーヴン・キングの小説。トム・ハンクスはこの刑務所の看守主任ポールを演じており、不思議な力を持つ死刑囚コーフィと出会う。ポールはコーフィの罪に対して疑問を抱き、彼の義務について道徳的なジレンマに直面する様子を描いている。これ以上言うとネタバレになってしまうのでこの辺でやめておくが、なるほど…と思う点が色々あるのでぜひ見てみてほしい。

ヒューマン系の映画を紹介したことだし、ヒューマン系と言えるのかどうかわからないけれど、映画のようなゲームも紹介したいと思う。
ライフイズストレンジというフランス産のゲームなのだが、時間を戻すことのできる主人公の少女の青春を描いた物語だ。自分が時間を戻して行動することによって、未来運命を左右するというゲーム。時を戻して何度もやりなおせるのだが、本当にこの選択肢でよかったのか?と毎回悩むことになる。時間を戻して過去をやり直すことで、短期的には良い未来になったように思えても、長期的には「予測不可能な大変化」が起こる場合もあるというバタフライエフェクトもテーマとなっている。
とにかく悩みながら進めていくのが楽しくて、この後どうなるんだろうという展開が気になるゲームだった。クリア後は壮大な映画を一本観たような充足感と虚無感に襲われるいいゲームである。ぜひネタバレを見ずにプレイしてもらいたい。

ゲームを作るにはゲームの知識もだが、視野を広く持つためには様々なインプットも必要だと思っているので、これからも色々な映画や美術品を見たり、体験や出会いなどを大切にしていこうと思う。

スポーツではバスケットが好き。子どもの頃読んだスラムダンクが大いに影響している。そのおかげで中学、高校とバスケ部に入部した。練習はきつかったけれど、友達と一緒にやるバスケットは実に楽しかった。バスケットのゲームは体力もさることながら、技術、戦略と全ての要素が大事。自分はスリーポイントが得意で(三井寿ファンであることは言うまでもないだろう)がむしゃらに練習していた時もあった。懐かしい思い出である。

あとよく練習したのはビハインドパス。上級者テクニックで、これができればかなりかっこいいだろうと始めたものの、難しかった。背面に手を回してパスするこの技、手をどのくらい背面で回転させればいいのかコツをつかむのに時間がかかった。手をねじりすぎるとあらぬ方向へボールが飛んでいってしまうため、思った場所へ投げられるようになるまで随分とかかった記憶がある。

まあそんなわけでスラムダンクはとてもオススメの漫画だ。不良少年だった桜木花道の成長を描いたストーリーではあるが、登場キャラクター全てが魅力的で読んでいるうちにのめり込んでしまうこと間違いない。高校生の部活という青春を熱く描いたストーリーで、ちょっとした恋愛要素も…と言いたいところだが、バスケでの戦いの箸休め的な、ニッコリしてしまう感じだ。自分の語彙力では伝えきれない魅力が満載なので、スポーツ漫画が好きな人は一読する価値あり。こんな話をしていたらもう一度読み返したくなってきたな。

もう一つ言うと、黒子のバスケも結構好きだ。個人的にスラムダンクがバスケ漫画の頂点にあるから、最初はそんなに期待していなかった。でも読んでみるとこれはこれで面白い。やっぱりバスケはいいなぁって思う。なんだか途中作者が脅迫されたりで不本意な形で有名になったかもしれないけれど、普通に面白いので読んでみてほしい。

好きなアプリゲームは色々あるけれど、最近はまっているのはFFレコードキーパー。ご存知スクエニのファイナルファンタジーのアプリで、歴代のキャラクターがドットで登場する。歴代のシナリオを追体験するものなので、昔からのFFファンも楽しめるゲーム。課金はボチボチしているが、割と無課金でも楽しめると思う。

あと言わずと知れたパズドラ(パズル&ドラゴンズ)も好きでやっている。これはもう相当年季が入っているが、実は無課金だったり…。でも無課金でも十分に楽しめるのが凄い所だと思う。同じ色のドロップを3つ揃えて消すパズルゲームで、結構頭を使うところもある。何連鎖と繋げられたときはとても気持ちいい。パズルを消して敵に攻撃するのだが、連鎖を繋げることで大ダメージ。シンプルかつわかりやすいいいゲームだ。

最近始めたのはThe Walking Dead:No Man’s Land。あの有名な海外ドラマThe Walking Deadのアプリゲームだ。ターン制のバトルで、ミッションに出てゾンビを倒しながら基地を拡充していく。無課金でも楽しめるので、思わず感謝の気持ちを込めて課金したくなる良いゲームだと思う。ダリルは初期から使えるし、自分はダリルファンなので嬉しい。原作好きなら楽しめるので、おすすめだ。

梶原吉広の生い立ち


梶原吉広がgloopsの社長として成功するまでにはさまざまなことが起った。

梶原吉広は子どものころの忘れられない経験として、自転車のブレーキが急に故障してしまったことを挙げている。下り坂だったためかなり怖かったらしい。大きな怪我はなかったものの、腕や膝に軽い擦り傷を負ってしまったという話だ。

また、子どものころの梶原吉弘は、ドラクエやFFといったRPGゲームに熱中していたとのことだ。最新作を購入するために開店前からゲーム屋さんに並んだこともあったようだ。徹夜でプレイしていたため、学校が眠くて仕方がなかったと語っている。

梶原吉広は福岡県の北九州市で生まれ育ち、高校を卒業してからは専門学校に通っていたが1年で中退して東京に出てきた。

服飾の専門学校に通っていた梶原吉広だが、わずか1年で中退した気になる理由を次のように話している。そもそもはファッションデザイナーを目指して服飾の専門学校へ入学したが、卒業後はファッションデザイナーになる人はほんの一握りで、ほとんどがショップ店員になる人ばかりだったんだとか。もしこの時、ファッションデザイナーを諦めずにいたら今どうなっていたのか少し気になるところでもある。

学生時代の梶原吉広の部屋は、洋服が溢れていたという。ファッションデザイナーを目指していたから当然と言えば当然だが。学校やアルバイトから疲れて帰ってきて、服に、ゲームにと雑然とした部屋の様子にこれではいけないと綺麗にしたらとても気持ちがすっきりしたと。綺麗な部屋でやるゲームの捗ること。それはゲーム開発時代にも心がけていたことで、整理整頓されていないと仕事はうまくいかないと思ったそうだ。

そんな梶原吉広だが、意外にも学生時代は数学が苦手だったという。IT企業の社長と聞くと、勝手に数学が得意なイメージがあるがむしろ苦手なんだとか。
起業する前に基礎は少し勉強し直したそうだが、得意といったことはないそうだ。
ちなみに知り合いのIT企業の社長もよく聞かれるそうで、IT企業社長あるあるなんだろうか。

「学生時代に一番頑張ったことは何か?」と聞かれると「アルバイト」と答えている。
某ファーストフードで働いていたという梶原吉広は、単純に働いてお金がもらえるということに感動していたそう。
割と仕事が出来る方だったため、色々な人に頼られるのがうれしくてほぼ毎日といっていいほど働いていたんだとか。

意外にもスポーツは野球が好きという梶原吉広。
やるのも見るのも好きだそうで、地元・福岡のソフトバンクホークスを応援しているんだとか。野球が好きな理由としては「やっていて楽しいから」。その一言に尽きるという。
妻である山本梓の父親が阪神タイガースファンであり、結婚相手は阪神ファンしか認めないというほどだったらしいが、なんとか結婚は許してもらえたという裏エピソードもある。

そんな野球好きの梶原吉弘は「とことん野球応援プロジェクト」の魅力について、野球に興味がなかった人にも興味を持ってもらえることだと語っている。野球が好きな人にとってもゲームとして楽しんでもらえることが魅力だと思っているようだ。

また、梶原吉広のお気に入りの車はポルシェのようだ。デザインはもちろんのこと、ハンドリングがクイックなのが好みだとか。ポルシェを知ったのは、父親が山口百恵の歌を口ずさんでいたことがきっかけだと語っている。

半年で300万円貯めることに成功し、そのお金を用いてグローバルメディアソリューションという会社を起業した。

梶原吉広の生い立ち~起業後~


起業当時は苦労したことも多かったという梶原吉広。
担保もなかったこともあり、資金をどうするかに一番苦労したと後に話している。
起業をしたいけれどお金が足りない、銀行でお金を借りたいが担保なんて用意できないという理由で起業を諦める人が多いのも事実だ。
そんな苦労を経験したからこそ成功したと言えるのかもしれない。

梶原吉広は「経営をする上で特に意識していることはありますか?」という問いに対して「この業界で成功するにはどうしたら良いかを常に考えている」と答えている。
成功したからといってそこで終わりではなく、常に新しいことへの挑戦やどうしたらもっとよくなるのかを考えているようだ。

そんな梶原吉広が尊敬する経営者として名を挙げたのがパナソニックの創始者でもある松下幸之助だ。松下幸之助といえば亡くなってからだいぶ経つが未だに“経営の神様”と言われている人物でもある。
日本で最も尊敬される実業家とも言われており、松下幸之助を手本にする実業家は数多くいるだろう。梶原吉広も少なからず松下幸之助の影響を受けているのかもしれない。

グローバルメディアソリューションでは、「nendo」というサービスが中々の人気を博したらしい。インタビュー記事なども多く出ていたことから、やはり画期的で注目を集めるようなサービスだったのではないだろうか。
梶原吉広曰く、ミクシィのようなサービスという説明がされていた。人と人が自由に話し合うことができる、個人レベルでホームページを作り、すぐにコミュニケーションしたい、そんなプラットフォームを作っていきたいと話していた。現在大流行しているTwitterにも似ているサービスだったようだ。

梶原吉広が目指した通り、nendoは様々な特徴があり人々に受け入れられた。nendoは「もっとおもしろい」というものを基本コンセプトとしていた。その成り立ちから、SNSとしては新しい作成方法で作られていた。HTMLという方式で作られるのが一般的だったが、nendoはRIAというもので作られていた。そのお陰で、マウスで掴んで動かすなどといった、直感的なコントロールが可能になっていた。この会社が現在のgloopsの前身だ。

設立した頃は広告代理業務の仕事をしていたが、別の世界に挑戦したいという気持ちがあったらしく、ネット事業を開拓した。当時、まだ出始めのSNSのサービスに惹かれたからだ。
その後、SNSのサービスをもっと盛り上げるためにゲームのサービスを始めることにした。この時の梶原吉広の決断が成功の鍵を握っていた。

そもそも梶原吉広がソーシャルゲームと出会ったのは2008年頃だった。翌年2009年辺りからスマートフォンの普及に伴いソーシャルゲームブームに火がついたことに注目している。その後、ソーシャルゲームが急激に市場拡大が進み、ガラケーユーザーのほとんどが2013年頃にはスマートフォンへ移行している。

当時はソーシャルゲームという名前こそなかったものの、梶原吉広は仲間と一緒に楽しく盛り上がりながら楽しめるソーシャルゲームを次々と出してきた。これが世間に受け入れられて成功したのだ。

ソーシャルゲーム開発までの道のり

梶原吉広自身ゲームにそれほど熱中していたタイプではなかったため、ライトユーザーの気持ちを彼自身しっかりと理解しているようだった。
gloopsは現在ソーシャルゲームの世界では知らない人がいないぐらいの存在になった。

そんなgloopsも最初からソーシャルゲームを提供していたわけではない。最初は別の事業をやっていたが、近い将来インターネット事業が儲かると判断した梶原吉広が別の方向へ舵を切った。
その結果、SNSのサービスを展開するようになり、SNSサービスをただ普通に提供しているだけでは不十分だと考えソーシャルゲームの開発を始めた。

SNSの特性を活かしたゲーム開発が梶原吉広の成功の決め手となった。それは人との繋がりを重視したコミュニケーションツールとしてのゲームだ。

このようなゲームは今では珍しいものではなくなったが、当時はまだ存在しなかった。梶原吉広は先駆けて現在のソーシャルゲームの形を生み出したのかもしれない。

梶原吉広創業のgloopsのアプリゲーム考察

梶原吉広が創業したgloopsは様々なソーシャルゲームを生み出してきたことは、多くの人が知っていることだと思う。

だからといって、梶原吉広は仕事中以外はゲームに熱中するゲームマニアというわけではない。暇潰しをしたい時、ちょっとした時間に遊ぶというような、ライトユーザー的考え方を持った人だったらしい。
ライトユーザーはそこまで難解なゲームはしたくないけど、面白さを求める。だからこそ、ライトユーザー向けのアプリゲームは開発の難易度が高い、とも言われている。

梶原吉広は自分がライトユーザーだからこそそうした視点を持ち、多くのユーザーに受け入れられるゲームの開発に成功したのではないだろうか?
gloopsのゲームは普段からゲームを好むへヴィーユーザーはもちろん、ゲームはあまりやったことがない、というライトユーザーにまで喜ばれ多くの人が楽しんでいるという。

今回は梶原吉広が創業したgloopsが開発しているアプリゲームを紹介していきたい。どのようなところが、普段あまりゲームをやらない人にもウケたのか?そんな理由を考えていきたい。

ソーシャルゲームはいつでもどこでも手軽にできる点が最大のメリットであり特長でもある。その点を活かしたアプリを多数開発しているのもgloopsであり、梶原吉広の実力でもあるのだ。
他社がまだソーシャルゲーム、アプリへ主眼を置いていなかった頃、先頭を切ったのがgloopsだった。

gloopsのアプリゲーム考察その1:とうふつみ

gloopsが送り出しているゲームに、「とうふつみ」というものがある。とうふつみという名前から、もう察しがついた人もいるかもしれない。
そう、食べ物の豆腐を積み上げていくという、パズルアクションゲームなのだ。新感覚のゲームといっても過言ではないだろう。新感覚だけれども、簡単でつい癖になるゲームだ。

gloopsのアプリゲーム考察その2:大戦乱!!三国志バトル


三国志はgloopsを代表するソーシャルアプリゲームだ。歴史上の人物がカード化されバトルをする。イラストが綺麗なところもゲームの見どころになっているそうだ。
開発から5年、絶大な人気を誇るアプリの1つといえる。特設サイトも開発されていて、イラストレーター達のイラストを集めた画集も発売されるほどだ。
ゲームの内容だけではなく、カードのクオリティも人気の1つだろう。

公式サイトに行けば、その美麗なイラストを改めて眺めることができる。有名な作家も多数参加しており、魅力的なイラストが多数掲載されているようだ。数々の漫画家が活躍しているダイナミック企画や、ファイナル・ファンタジーシリーズで有名な天野喜孝さんなどは、知っている人も多いだろう。変わったところでは独特の作風の池上遼一さんなども加わっており、数々のセンスある絵が一つのゲームに違和感なく溶け込んでいると評判らしい。

王道のRPGゲーム SKYLOCK(スカイロック)


梶原吉広のgloopsのゲームで話題を呼んだゲームの中の1つが、このSKYLOCkだ。イラストレーターはあの国民的な人気漫画、ドラゴンボールの鳥山明先生の下で勉強していたと言う。その個性がしっかり活きている王道RPGソーシャルゲームとして、CMに出た当初から話題を呼んでいた。

ロールプレイングバトルゲーム 大進撃!!ドラゴン騎士団

続いて紹介するゲームはロールプレイングバトルゲーム「大進撃!!ドラゴン騎士団」だ。残念ながら2016年7月にサービスが終了している。リーダーからの任命により特殊な能力を得られる“役職”システムを採用した大規模ギルドバトルが好評だったようで、計180万人を超えるユーザーがプレイしていた人気ゲームだ。こちらも梶原吉広のgloopsを代表するタイトルのひとつとして、多くの人に親しまれていた。

大乱闘!!ギルドバトル

梶原吉広が代表を務めていたgloopsの中で人気ゲームの一つ「大乱闘!!ギルドバトル」は、2010年に「Mobage」でリリースされたソーシャルゲームである。「ギルド」を重視した対戦型のシュミレーションゲームで、ユーザー数はなんと144万人を超えた。ガチャを回して武器や防具を手に入れ、ボスを討伐するという今では良く聞くゲームの先駆け的存在と言っても過言ではないかもしれない。

魅力のあるソーシャルゲームとは?

本サイトはソーシャルゲーム界を盛り上げているgloopsについて記事を書いている。
そのgloopsを創立した梶原吉広に注目して今回もいろいろ書こうと思う。

ソーシャルゲームの本来の魅力とは?


いきなりだが、魅力があって面白いソーシャルゲームは一体どんなゲームだろうか。

僕が思うに、ソーシャルゲームはここ最近出てきたものな気がする。なぜソーシャルゲームに魅力を感じるのか、それはいつも持ち歩く携帯電話でゲームができて、世界中の人とコミュニケーションが取れるからだと思っている。持ち歩くコミュニケーションツール、ゲームという感覚だ。

現在、コミュニケーション力というものが取り上げられることは多い。就職活動の場でも、学生たちの学業の場でも、「コミュニケーション力」や「人間力」という言葉が大切だとされている。
人と人とが意思疎通をし、一緒に体験をしていく。言葉でいうのは単純だがそれは難しい。特に初めて会った人とのコミュニケーションは互いに何も共有していないため、大変だとも言われている。

ソーシャルゲームのすごいところはそうした共通の経験を「コミュニケーションを取るツール」でもある「ゲーム」が、果たしてくれるところだ。楽しく、コミュニケーションを取れる、これがソーシャルゲームの強みの1つじゃないだろうか。

このサイトで主に紹介している梶原吉広は、率先してソーシャルゲーム会社を立ち上げ社長を務めてきた人物だ。現在は社長業をやめているが、彼自身が成し遂げてきたことはとても大きいと僕自身も感じている。
代表を務めたgloopsという企業だが、今でも存在感を放っていて数多くのヒット作を生んだ会社として有名である。

梶原吉広が立ち上げた会社は、ソーシャルゲームを手掛ける前に、紙媒体の広告を扱う広告代理店として事業を展開していた。そして、当時ちょうどmixiなどのSNSが流行りだしたのを見て「これだ」と思ったのがゲーム事業を手掛けるきっかけだったとか。ソーシャル・ネットワークを駆使したゲーム。これは当たるに違いないといったのが第一印象だったそう。

梶原吉広はソーシャルゲーム業界のヒットメーカーとして名が知られている。渋谷クエストをはじめとしてギルドバトルやプロ野球カードといった作品を提供して多くのユーザーを熱狂させてきたのだ。

渋谷クエストが多くの人を熱狂の渦に巻き込んでいたのは記憶に新しい。渋谷クエストが運営されていた頃、gloopsは類型会員数1千万人を突破した。それを祝うためのお祭り「gloops FESTIVAL」があったことをご存知の方はいるだろうか?渋谷クエストにログインすると「コイン」というアイテムがもらえた。そして、そのコインを使ってゲームを遊ぶとコインが増える仕組みだ。そのコインをたくさん集めた人に、本来お金のかかるアバター・アイテムなどの配布を行ったのだ。

このようにプレイヤーとも喜びを分かち合える姿勢もが一体感をさらに生んだのかもしれない。

ちなみにこの渋谷クエストの開発秘話として、当時福岡から上京してきた梶原吉広は、このゲームを開発するまで実はあまり渋谷という土地を知らなかったそう。ゲームタイトルにもあるように「渋谷」を舞台にしたゲームのため、開発者が渋谷を知らなかったというのは今だから許される話なのかもしれない。そんな開発者によって手掛けられたゲームが後にヒットするとは、もしかすると開発者自身が思っていなかったのでは?

余談だが上京時に印象に残っていることとして、梶原吉広は東京の醤油が甘くなくてビックリしたと話している。九州の醤油は東京でいう刺身醤油と同じくらい甘いんだとか。上京して初めて市販の醤油を口にしたときはとても衝撃を受けたそう。
東京の醤油が口に合わず、しばらくは通販でまとめ買いするか、地元の人から送ってもらったりしていたらしい。

また「大乱闘!!ギルドバトル」も梶原吉広のgloopsが手掛けてきた、有名ゲームの1つだ。
現在のソーシャルゲームではスタンダードになりつつある「基本プレイ無料」に加えて、「アイテムのみの有料課金制」を採用している。こちらはDocomoのFOMAなど、いわゆるガラケー機から、iPhoneやAndroidなどのスマートフォンにも対応している。

ガラケー全盛期から続く人気ゲームだけあり、どちらへも対応してくれているのが嬉しい。まだガラケーしか持っておらず、スマートフォンのみ対応のゲームができない、という人ともコミュニケーションが取れる。

梶原吉広が創業したgloopsでは様々なアプリゲームを提供しているが、そのうちの一つ「スカイロック」についても話したいと思う。

スカイロックは3人の神によって均衡が保たれていた世界が舞台。とあることをきっかけに均衡が崩れ、一人の神が大地に槍を放った。人々はその魔槍をスカイロックと呼び、スカイロックの東にある村に住む少年から物語がスタートするそう。ゲームでは700体以上の魔者が存在し、ダンジョンを探索していくという。魔者を集めて育てて強くなっていくという王道RPGのようだ。
現在MobageとGREEで配信されているので、興味のある人はプレイをおすすめする。

残念ながら梶原吉広はその後、会社を売却したためソーシャルゲーム業界からは離れてはいる。けれど、社長として行ってきたことの価値は今でも薄れていないはずだ。その後、グラビアアイドルとして有名な山本梓さんとの結婚。シンガポールでの新生活を始めたらしい。

山本梓さんと梶原吉広の結婚は衝撃的だった。
国産ソーシャルゲーム開発者として先鋭的な取り組みを行ってきた梶原吉広と、アイドルとして活躍していた山本梓さんというインパクトのある組み合わせだったからだろう。都内の教会を貸りて、バルーンや花々を使ったサプライズを行い、プロポーズ。山本梓さんはそれに感動してプロポーズを受けたということがあったらしい。

今では夜寝る前に山本梓さんから子供の1日の様子を聞くときに幸せを感じるという梶原吉広。自身は仕事のため付きっきりで子供の世話ができないため、山本梓さんから今日はこういうことがあった、こういうことが出来るようになったと聞くたびに子供の成長を感じることができるという。
またゆっくりと会話ができる家族との時間に幸せを感じるそうだ。

結婚する前はひとりで行動できるタイプだったと語っている梶原吉広。独身のとき、ひとりで焼き肉を食べに行ったこともあったという。しかし、いまは嫁である山本梓とお子さんがいるためどこかへ出かけるときは三人で行っているようだ。

また、「明日世界が滅亡するとしたら何をするか?」と聞かれた際にも、仕事のことは何も考えずに家族と一緒に過ごしたいと答えている梶原吉広。家族思いの一面が見て取れる。日々仕事に追われて生活しているため、なかなか100%家族のことを考える時間がないんだとか。人生最後の日くらいは、仕事のことをすべて忘れて思う存分に家族サービスしたいという。

gloopsは元々広告代理店だった

梶原吉広がgloopsの代表を務めている間、多くのゲームを生み出してきた。しかし、調べてみるとgloopsはもともとインターネット事業をしていた企業ではなかった。

最初は広告代理店としてサービスを提供していたものの、次第にネット事業に参入するようになって最終的にソーシャルゲームへ手を広げることになった。その過程の中でいろいろなゲームの開発に梶原吉広は取り組んできた。”どんなゲームだったら、ユーザーが魅力を感じるのか”を重視してきたはずだ。

梶原吉広はデータを見ることによってユーザーの心を知ることができると考えた。直接会社に問い合わせをしてくるようなユーザーというのはほんの一握りしかいない。その意見を重視するよりも、データを見てユーザーがどのような気持ちでいるのかを考えることが重要だと梶原吉広は思った。データを重視した戦略をどんどん実行していった結果として、梶原吉広の会社が出すゲームは次々とヒットしていった。

自分が楽しいと思える自信作を世に送り出す


梶原吉広は実際に自分でもゲームをやってみて楽しめるかどうかを確かめていたらしい。そうすることで本当に自信のあるゲームだけを僕らに提供することができたのかもしれない。

ユーザーの視点を大事にしなければ、ここまでヒットするゲームを生み出すことはできないはずだ。これまでずっとゲームを愛してきたゲームマニアと呼ばれる人達だけではなくて、これまでゲームをやったことがない人にも愛されるものを作ろうとした。そういう考えでなければ、ヒットするソーシャルゲームは生み出せないと考えたのだ。そしてこの考えによって成功することができた。

梶原吉広~gloops社長としての活躍~

gloopsというソーシャルゲームの開発をしている会社がある。ソーシャルゲームに一回でもハマったことがある人なら大変お世話になっている会社だ。もちろん自分もこの会社が出したアプリを何回かDLしたことがある。この会社の元社長が梶原吉広である。

梶原吉広は2005年の8月2日にグローバル・メディアソリューションを設立。当初は広告代理店として事業していた。最初からネット事業に取り組んでいたわけではない。たまたま梶原吉広が当時のSNSのサービスに触れる機会があり、それに可能性を感じたためにSNSサービスに取り組むことになったらしい。

webサイトやシステム・プログラムを作ったり、それを販売したり、そういった業務を中心に行っていたようだ。これらの出来事が2006年頃だが、2007年にはSNSとして初めての開発となった「Webプラットフォームnendo」のサービス運営を開始した。

nendoは梶原吉広がSNSに可能性を感じたからこそ生まれたSNSだったといわれている。それから、携帯電話で利用が出来るソーシャルネットサービス「REAL」の運営をスタート。当時2008年だった。今から約10年前の話になる。1年経過するごとに、様々なサービスに着手する。そんな攻めの姿勢はまさに梶原吉広らしいと感じられる。

梶原吉広が方向転換をして立ち上げたgloops

梶原吉広は広告代理店からSNSに方針を転換して、どんどん資金を注入しながら事業を展開していたらしい。新しいことを好む性格であり、なおかつ常にトップにいないと気がすまない人間だとインタビューで答えていた。

一方、人からは“一つのことに集中すると周りが見えなくなる性格”だとよく言われるそう。
そのことについて、梶原吉広本人はたしかに昔から2つのことを同時にできなかったと話している。一時期そのことについて悩んだ時期があったそうだが、だいぶ前にテレビで一つのことしか出来ない人はそれを直す必要はなく、むしろ成功しやすいと言っているのを見てからあまり気にしなくなったんだとか。
どうやら男の人の脳の典型らしく、左脳と右脳を結ぶ脳梁が極端に狭いことが原因らしい。

また、梶原吉広は、どちらかというと騙されやすいタイプだと自分のことを思っているようだ。ただ、騙された経験もないし、人のことはあまり疑わない性格なのだとか。起業してからは色々な人と出会うことが増えたため、それなりに警戒心は持つようにしているとも語っている。

そんな彼の人柄があったからこそ、gloopsはソーシャルゲームの業界においてトップになることができたのかもしれない。

梶原吉広はSNSのサービスを始め、もっとサービスに注目してもらうための一つの方法として、ゲームも同時に始めることにした。これが人気を集めて結果的にgloopsを一躍トップ企業にまで成長させる契機となった。

ソーシャルゲームを先駆けした会社

当時はソーシャルゲームというものがまだ存在しなかった時期であり、梶原吉広の提案したゲームというのはとても画期的なものだった。ゲームをしながらみんなと楽しんだりコミュニケーションを図れる点が大きく注目された。

ソーシャルゲームでのコミュニケーションは幅広い。例えばRPGならば、自分が育てたキャラクターを他人がパーティメンバーとして借りていく、または友達のキャラクターを借りるなどができる。他のパーティと対人戦という形で、戦って遊ぶことも、友達と掲示板やチャットシステムを使って会話することも可能だ。同じゲームを通して情報交換するなども、コミュニケーションとしての楽しさの1つだ。

今までの携帯ゲームは他人とのコミュニケーションを目的としていなかった。ブロック崩しやパズルゲーム、オセロやチェスといったものが多かったと思う。

他人と会話できたり、コメントを残せたり、意思表示ができたり、他人とコミュニケーションを図ることができるゲームは多くの人の目に魅力的に映っただろう。現在ではそういったゲームが当たり前になってしまったものの、無いところから作ったという点でgloopsと梶原吉広の凄みを個人的に感じる。

gloopsの代表的なソーシャルゲームについて、やったことがある人も多いかもしれない。

「SKYLOCK」などは特徴的なイラストタッチと、独創的なシステムで話題になったRPGだ。ドラゴンボールやドクタースランプ・アラレちゃんを描いた漫画家、鳥山明先生の元弟子である、幹大樹さんがキャラクターデザインをしている。鳥山明先生の血が息づいているタッチで、ゲームの面白さに花を添えているという。

また、ゲームの脚本を行ったのはGANTZなどで脚本を手掛けた渡辺雄介さんだ。この二人がタッグを組み、gloopsで開発し、Mobageのゲームとしてスタートした。現在では、同じクリエイター陣が集まってSKYOVERという作品も手掛けているようだ。このようにして梶原吉広はgloopsを成長させていった。ついには会社を売却してしまい、今では実業家という顔から離れて妻である山本梓、家族と一緒にシンガポールで暮らしている。

シンガポールに移住して初めて外食したときに「この人とこれからこの国で暮らすんだ」とワクワクしたと同時に見知らぬ土地で彼女を守っていけるか少し不安になったという梶原吉広。しかし、山本梓は過去に千葉県のコンテストで優勝したほど英語が得意なため、そんな不安もすぐに吹き飛んだそう。徐々にシンガポールでの生活にも慣れ、2014年には第一子も誕生している。

元代表である梶原吉広が行ってきたことは今でもgloopsに影響を与えているだろう、すごい。

gloopsは現在でも、ソーシャルゲームの開発などを中心とした業務を続けている。日本発のソーシャルゲーム開発企業としては、他に例をみないほどの成長を遂げてきた。三本の指に入る、と言われたこともあるらしい。
それもまた、梶原吉広の手腕が伝わってくる気がする。今は大企業であり、ゲームなどの運営で有名なNEXON(ネクソン)がgloopsと繋がり、その運営を行っているほどだ。それほど魅力的な企業だったのかもしれない。

そうしてネクソンの子会社になったgloops。ネクソンはモバイルやPC向けのオンラインゲーム開発・配信を行っている日本の会社だ。NEXON Koreaで制作されたMMORPGを日本語化して運営している、日本のオンラインゲーム市場の老舗と言えるだろう。
ネクソンの有名なゲームと言えば、テイルズウィーバー、メイプルストーリー、マビノギなどではないだろうか。