梶原吉広~gloops社長としての活躍~

gloopsというソーシャルゲームの開発をしている会社がある。ソーシャルゲームに一回でもハマったことがある人なら大変お世話になっている会社だ。もちろん自分もこの会社が出したアプリを何回かDLしたことがある。この会社の元社長が梶原吉広である。

梶原吉広は2005年の8月2日にグローバル・メディアソリューションを設立。当初は広告代理店として事業していた。最初からネット事業に取り組んでいたわけではない。たまたま梶原吉広が当時のSNSのサービスに触れる機会があり、それに可能性を感じたためにSNSサービスに取り組むことになったらしい。

webサイトやシステム・プログラムを作ったり、それを販売したり、そういった業務を中心に行っていたようだ。これらの出来事が2006年頃だが、2007年にはSNSとして初めての開発となった「Webプラットフォームnendo」のサービス運営を開始した。

nendoは梶原吉広がSNSに可能性を感じたからこそ生まれたSNSだったといわれている。それから、携帯電話で利用が出来るソーシャルネットサービス「REAL」の運営をスタート。当時2008年だった。今から約10年前の話になる。1年経過するごとに、様々なサービスに着手する。そんな攻めの姿勢はまさに梶原吉広らしいと感じられる。

梶原吉広が方向転換をして立ち上げたgloops

梶原吉広は広告代理店からSNSに方針を転換して、どんどん資金を注入しながら事業を展開していたらしい。新しいことを好む性格であり、なおかつ常にトップにいないと気がすまない人間だとインタビューで答えていた。

一方、人からは“一つのことに集中すると周りが見えなくなる性格”だとよく言われるそう。
そのことについて、梶原吉広本人はたしかに昔から2つのことを同時にできなかったと話している。一時期そのことについて悩んだ時期があったそうだが、だいぶ前にテレビで一つのことしか出来ない人はそれを直す必要はなく、むしろ成功しやすいと言っているのを見てからあまり気にしなくなったんだとか。
どうやら男の人の脳の典型らしく、左脳と右脳を結ぶ脳梁が極端に狭いことが原因らしい。

また、梶原吉広は、どちらかというと騙されやすいタイプだと自分のことを思っているようだ。ただ、騙された経験もないし、人のことはあまり疑わない性格なのだとか。起業してからは色々な人と出会うことが増えたため、それなりに警戒心は持つようにしているとも語っている。

そんな彼の人柄があったからこそ、gloopsはソーシャルゲームの業界においてトップになることができたのかもしれない。

梶原吉広はSNSのサービスを始め、もっとサービスに注目してもらうための一つの方法として、ゲームも同時に始めることにした。これが人気を集めて結果的にgloopsを一躍トップ企業にまで成長させる契機となった。

ソーシャルゲームを先駆けした会社

当時はソーシャルゲームというものがまだ存在しなかった時期であり、梶原吉広の提案したゲームというのはとても画期的なものだった。ゲームをしながらみんなと楽しんだりコミュニケーションを図れる点が大きく注目された。

ソーシャルゲームでのコミュニケーションは幅広い。例えばRPGならば、自分が育てたキャラクターを他人がパーティメンバーとして借りていく、または友達のキャラクターを借りるなどができる。他のパーティと対人戦という形で、戦って遊ぶことも、友達と掲示板やチャットシステムを使って会話することも可能だ。同じゲームを通して情報交換するなども、コミュニケーションとしての楽しさの1つだ。

今までの携帯ゲームは他人とのコミュニケーションを目的としていなかった。ブロック崩しやパズルゲーム、オセロやチェスといったものが多かったと思う。

他人と会話できたり、コメントを残せたり、意思表示ができたり、他人とコミュニケーションを図ることができるゲームは多くの人の目に魅力的に映っただろう。現在ではそういったゲームが当たり前になってしまったものの、無いところから作ったという点でgloopsと梶原吉広の凄みを個人的に感じる。

gloopsの代表的なソーシャルゲームについて、やったことがある人も多いかもしれない。

「SKYLOCK」などは特徴的なイラストタッチと、独創的なシステムで話題になったRPGだ。ドラゴンボールやドクタースランプ・アラレちゃんを描いた漫画家、鳥山明先生の元弟子である、幹大樹さんがキャラクターデザインをしている。鳥山明先生の血が息づいているタッチで、ゲームの面白さに花を添えているという。

また、ゲームの脚本を行ったのはGANTZなどで脚本を手掛けた渡辺雄介さんだ。この二人がタッグを組み、gloopsで開発し、Mobageのゲームとしてスタートした。現在では、同じクリエイター陣が集まってSKYOVERという作品も手掛けているようだ。このようにして梶原吉広はgloopsを成長させていった。ついには会社を売却してしまい、今では実業家という顔から離れて妻である山本梓、家族と一緒にシンガポールで暮らしている。

シンガポールに移住して初めて外食したときに「この人とこれからこの国で暮らすんだ」とワクワクしたと同時に見知らぬ土地で彼女を守っていけるか少し不安になったという梶原吉広。しかし、山本梓は過去に千葉県のコンテストで優勝したほど英語が得意なため、そんな不安もすぐに吹き飛んだそう。徐々にシンガポールでの生活にも慣れ、2014年には第一子も誕生している。

元代表である梶原吉広が行ってきたことは今でもgloopsに影響を与えているだろう、すごい。

gloopsは現在でも、ソーシャルゲームの開発などを中心とした業務を続けている。日本発のソーシャルゲーム開発企業としては、他に例をみないほどの成長を遂げてきた。三本の指に入る、と言われたこともあるらしい。
それもまた、梶原吉広の手腕が伝わってくる気がする。今は大企業であり、ゲームなどの運営で有名なNEXON(ネクソン)がgloopsと繋がり、その運営を行っているほどだ。それほど魅力的な企業だったのかもしれない。

そうしてネクソンの子会社になったgloops。ネクソンはモバイルやPC向けのオンラインゲーム開発・配信を行っている日本の会社だ。NEXON Koreaで制作されたMMORPGを日本語化して運営している、日本のオンラインゲーム市場の老舗と言えるだろう。
ネクソンの有名なゲームと言えば、テイルズウィーバー、メイプルストーリー、マビノギなどではないだろうか。